シャンタル・アケルマン監督が1975年に世に送り出したジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔23番地は、映画という言語そのものへ挑戦し、観る者の知覚に対し深く鋭い問いを投げかけてくる記念碑的な作品だ。
その核心には、日常というものの執拗なまでの描写とそれを強固に支える厳格な形式主義があり、これらが分かち難く結びついていて、極めて強力な思想的批評が立ち現れているように感じる。
この作品が放つ異質な空気は、まず、家事という日常的な行為への徹底した注目から生まれてくる。
主人公であるジャンヌの、ジャガイモの皮をむく、ベッドを整える、といった一つ一つの振る舞いは一切省略されることなく、ほとんど実時間に近い長回しによって捉えられている。この時間線は、ジャンヌの几帳面な性格を観る者に深く印象づけ、そして同時に、彼女の確立された日々の繰り返しからのほんの僅かな逸脱、例えば、焦げてしまった肉、あるいは酸っぱくなってしまったコーヒーを、不穏な亀裂として際立たせる。さらにその単調さとも言える時間の共有を通じて、家事労働という普段は見過ごされがちなものの重みと、それが内包してしまっている精神的な空虚さを否応なく体感させられる。
視線を支えている固定カメラは、単なる客観性だけでなく多層的な効果を観客にもたらすようにも感じられる。
第一に、それは感情の誘導を排した厳格な観察者としての視点を与えることで、ジャンヌの一つ一つの行動が持つ意味やその微細な変化に対する解釈を観客自身の能動的な読解へと誘う効能がある。
第二に、決して動かないこのカメラは、ジャンヌの生活空間であるアパートを逃れようのない牢獄であるかのようにフレームに収め、息苦しいまでの閉塞感を観客に生理的なレベルで共有させることで、彼女が置かれた心理的、そして社会的な束縛を、空間的に体現しているようにも見える。
第三に、時にそれは、ジャンヌの日常的な行為にどこか儀式めいた性格を付与する機能も持っている。
ジャンヌに蓄積していく疲労そのものが、感情移入を超えた身体的共感に迫ってくる。
これらの、戦略、つまり、長回しと固定カメラは、強力なフェミニスト的批評へと収斂する。アケルマンは、社会的に、ともすれば不可視化されがちな女性の家事労働というものに、持続する時間と労苦に見合う重さを映像的に付与しているのだ。
反復される単調な日常の息苦しさを観客に体験させることを通して、個人的なことがいかに政治的なことであるのかを鋭く突きつけてくる。それは、女性を伝統的な映画における単なる見られる対象から解放し、労働し、生活する主体として捉え直す、極めてラディカルな試みだ。
映画製作におけるアイディア、というものの力も感じた。ジャンヌディエルマンは、潤沢な予算や、派手なスペクタクルがなくとも、確固たる思想とそれを表現するための形式的な探求がいかに強力な作品を生み出しうるか、ということを示す好例と言えるのではないか。本作の衝撃は映画のラディカルなコンセプトに根差しているように思う。ジャンヌディエルマンの魅力は、長回しと固定カメラという形式的な選択が、監督の思想に奉仕しているという点に帰着するように感じられる。家父長制社会の構造、ジェンダー化された労働の価値、そして個人の内面に潜む抑圧といったテーマに対する、アケルマンの批評的な眼差しが先行する。そして、その思想を最も純粋な形で、かつ効果的に観客に伝えるために、長回しや固定カメラといったある種禁欲的とも言える形式が必然的に選び取られたのであろう。技法が思想を規定するのではなく、思想が、最適な表現形式を呼び覚ます。
本当にすごすぎる作品でした、、！
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